ダニルシキナ ラリサ

刺身との恋愛

刺身が私の中に爽快な感覚を引き起こす。詩的感覚を描写することが出来るだろうか。これは実現した夢のようだ。また、味覚と詩的感覚を合わせた味の喜びと言えるでしょう。

それは叶った!

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わずか二時間前に買ったばかりの夢。冷蔵庫の中に入れた白い斜線飾りの黄色い小箱。小箱を見るだけで短歌をいくつも創れる気分になってくる。

まだお店にいるうちに、規則を破り、横目で見られても、私の地上の楽園を侵略することの出来る他人を忘れて、小箱のカバーを取ってその場で刺身に喰らい付きたかった。

翼を広げ家へ飛ぶように走った。自分の気持ちを抑え、夢の実現を邪魔されないように、みんなが出掛けるまで待ち、一人になるのを楽しみにしていた。私の愛を完全に相思相愛にするため。ほかの人の目から隠されなければならないのだ。そうすれば、快感は絶対的なものになるのだ。

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やっと一人でうちに残ることが出来た。快楽を妨げる包み紙をかたずけよう!ファンタジーの中で一番優れた香りが部屋に広がり、鼻孔に入り込んだ。ああ!世界の中でもっとも生き生きした心を引き付ける静物画のようだ。何とか溢れる欲望を抑え快感を待つための心地よい痛みを感じながら大望の小箱をまだ置いておく。刺身とのデートのために舞台道具も用意します。

今日は草書で書いた漢字模様の小さなナプキンを使う。そして私の大切な古い空色の小皿を出し、何度かそのくっきりした装飾に目を楽しませたら小皿の上にそっと2・3滴醤油というきらきら輝く暗い液体を注ぎ入れる。刺身の香りは鮮烈になり、自制心が保てなくなる。

最後は箸。箸は私とシーフードの天国における感覚の掛け橋です。

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最も胸がドキドキする瞬間。息を殺し、美しいいけにえを別れの気持ちで見渡す。それは何気なく飾られているけれど、とても美味しそう。その姿は私に新しいファンタジーを呼び起こす。

私は箸を手にする。ゆっくりと大根の波の華に触れ、冷えて固まった溶岩のような真っ赤な鮪や蛸のかわいい吸盤にそっと触れる。我がいけにえ心のシンボルである小さな黄色い菊にかすかに触れる。震える白い柔らかな部分をボルドーのふち取りが巧みに飾る小蕾のような蛸の切身は何と魅惑的なことか。

ひと切れだけでも。。。とっていい?

それを箸で摘み暗い醤油の溜りにそっと触れる。醤油の滴は黒い涙のように白い蛸の体からこぼれ落ちる。ゆっくりと口へ運ぶ。うまい。

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蛸の味は舌の上にみずみずしく広がり、舌全体の味覚細胞に接触する。私の欲望にそのねばっこい弾力のある肉で答えて来る。蛸の一切れは私と一体になると段々消えてゆく。けれどもその思い出は歓喜した私の体中に今も残っている。

その次は白雪のような大根を掲げる。歯ざわりはしゃきしゃきとして、甘さと渋さがある。今度は半透明で優美だけれど、少し酔いを覚ますキュウリの番だ。それを食べれば、蛸との美しい思い出は消え去るだろう。それでは次の儀式に向けてスタンバイだ。

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そしてうすく切れた可愛い舌のようなピンク色の鮪だ。私は最もまろやかな一口を窓の明りにすかしてみる。するとそれは箸先きにふるえる小さな灯火となる。そして滑らかな海面から集めた温もりを与える。ワクワクしてこの花弁のような鮪を唇へ近つけ香りを吸い込む。鮪の表面のた小さなつゆのビーズに舌先でそっと触れる。空色の小皿へ短い飛行。赤い花が口の中に開く。陶酔感が自制心を奪う。私は幸福の絶頂に立っている。その欲望をもう抑えられない。

刺身一切れごとを味わい、満足のシンフォニーを奏でる。ついにシンフォニーのクライマックス。最高頂に達しそれは止切れる。

小箱は空っぽだ。

私の心は取り返しのつかない損失感に満ち溢れれている。この痛みを止められる物は何?

それはこの素晴らしい儀式に置きざりにされた黄色い小菊。その小菊を刺身の追悼としてささげよう。

その小菊は愛しい恋人の苦い心である。

ああ、刺身!




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